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江戸前スズキと
時代錯誤のアングラー

江戸前スズキと時代錯誤のアングラー

スズキが釣れやすいバチ抜けシーズンには東京湾の河口には多くのアングラーがやってくる。正直バチ抜けは僕のスタイルと相性が悪いけど、魚が表層にやってきてくれることには違いない。日の明るい時間に用事を済ませたこの日は、少しほこりがかぶってしまっていたタックルをクルマに押し込んで、夕日に照らされる湾岸をドライブ。その足で、久しぶりに夕まずめにロッドを振ってきた。

 

春の陽気に誘われて

春の陽気に誘われて

UVカットガラスなんてシロモノが生まれる、はるか昔に作られた66年式のトヨペット コロナ。そのフロントガラスから差し込む日差しを受けながら、海沿いの幹線道をクルージング。ロマンチストを気取る旧車乗りにとって、夕日はドライブ気分を盛り上げてくれる名脇役となる。

こんなヤシの木が並ぶ道を流すなら、もう一台の愛車であるシボレー ベルエアが似合いそうだけど、フットワーク軽く出かけたいときはやっぱりこっちを選ぶことが多い。それに、コロナのコックピットからの眺めだって決して悪くない。エアコンがわりに三角窓を開けて外気を取り入れるっていうのも、このクルマだからできる贅沢だ。

  • コロナ マークⅡ
  • コロナ マークⅡ

サーファーでアメ車好きな僕だけど、人生で一番長く乗っていたクルマは実は1979年製のコロナ マークⅡ。いよいよガタがきて一昨年手放したものの、20年ほど乗っていたコロナにはやっぱり愛着があって、良縁を得て今はコイツを乗り回している。

名車

コロナは世代によってスタイルが大きく変わるのが面白くて、この3世代目は当時流行した角ばったフォルムと、4灯式ヘッドランプが愛らしい。

トヨタ初の大ヒットシリーズとなった大衆車で、日本の高度成長期を代表するような名車。当時はファミリーカー的なニーズを満たしただけあって、意外と車内は広く、走りもしっかりしている。ノスタルジックな夕暮れに垂らされてハンドルを握っていると、多くの人々がコロナに乗っていろんな場所に出かけたんだろうなぁ……と、想像せずにはいられない。

 

釣り好きを拗らせた少年時代

自分自身の昔を振り返って見ると、思い出されるのはよく釣りをしていたこと。大人になってからも、ひどいときは年間300日もロッドを振っていたし、さらに遡ると、小学校の頃から放課後は釣りをするというのが自分のあたり前になっていて、週末もよくクルマじゃないと行けないポイントまで親父に連れて行ってもらっていた。

釣り好きを拗らせた少年時代

僕にルアーフィッシングの手ほどきをしてくれたのは、うちの親父とその友人のおじさん。特におじさんは西洋の釣りにかなり傾倒していた。最初の頃は全然釣れなかったんだけど、見よう見まねでやっているうちに僕もうまくなって、いつしか釣れない日のほうが珍しいほどの腕前になっていた。
当時のスズキはルアーなんてものを知らなくて護岸についていたし、釣り人だってうんと少なかったから、当然といえば当然なのかもしれないけど。まあ、とにかく昔はもっと川の水が澄んでいたし、近所でもよく釣れて天国みたいだったな。


釣りはライフスタイルの中にある

ルアーフィッシングにハマってからすでに40年以上。今では釣りはライフスタイルの中にあって、いい息抜き的存在になっている。特に今日みたいに気持ちのいい日の釣りなんてのは最高のリフレッシュ方法だ。

すでにほとんどが日陰になった駐車場にクルマを停めて、スズキと騙し合いをする準備を始める。長い髪をニット帽に押し込み、胴長を着て、昔ながらのライフジャケットを羽織り、使い古したゲームバッグを下げる。さっきまではいかにもサーファーって感じだったのに、釣りのときは急におっちゃんぽくするっていうのが、僕の密かなコダワリだ。

 

ミッドセンチュリーの釣具と

ミッドセンチュリーの釣具と

これは僕のスズキ用のタックルボックスの中身。50年代〜70年代のルアーを中心に使っているのは、単純に美しいと思っているし、それに釣れない釣りを楽しむのが僕のコンセプトだから。

僕のなかでは新しい道具を使って数を釣るっていう血気盛んな時期は終わって、かれこれ20年以上はこんなヴィンテージスタイル。古い道具を使ってどれぐらい通用するのか挑戦することに情熱を傾けている。

道具
バンブーロッド

江戸時代の浮世絵にも描かれているくらい、江戸前を代表する魚であるスズキ。僕はそれをなるだけクラシックな道具で釣ろうと、一時期は一世紀近く前のバンブーロッドとや古いリール、木のルアーで釣っていたこともあったけど、やっぱり気軽に遊ぶことを考えると、半世紀前ぐらいの道具がちょうどいいやと思うようになった。

 

サーフィンも釣りも、
波の見極めが重要

サーフィンも釣りも、波の見極めが重要

いつもサーフィンのときに使っている波情報アプリで潮の動向をチェック。どうやら今日は中潮の三日目で、今は上潮。この時期は下潮を狙って釣りをするのが定石だけど、僕は人が少ないから上潮のときも構わず釣りに行く。何より、今日みたいにマジックアワーを眺めながら夕まずめを狙うっていうのは、最高に気持ちいい。

  • お気に入りのルアー
  • 僕のリール

最初はヴィンテージのミノーで様子見。第二次世界大戦時にフィンランドの食糧難を救ったという逸話を持つそのルアーは、僕のお気に入りのひとつ。作りもシンプルだし、今時のモノを使っている人に見せたらこんなので釣れるのか? と思われてしまうようなルアーだけど、これがいいんだ。ふとした瞬間目に映るタックルが古いものであれば、束の間のタイムトラベルができるしね。

今日使っているリールはスウェーデンのメーカーのUSモデルで、ロッドはアメリカの60年代の品。この竿はスズキを釣るにはちょっとやわらかいんだけど、僕のリールは最近のモノみたいにゴリ巻きできないから、必然的にロッドファイトで引き寄せなきゃいけない。そうなってくると、こういうしなる竿が面白いんだ。

僕が使っているタックル

昔のサーフボードと今のサーフボードで乗り方が違うように、僕が使っているタックルは、最近の道具でやるようなキャスティングは通用しない。最近のロッドならスナップをきかせるように「シュッ」と投げ飛ばすけど、僕のロッドは全体のしなりを利用しないと遠くまで飛ばないから、「ビッヨーン」ってな感じに投げるんだ。

それに、ルアーが着水するときもサミングが必要で、リールを巻き始めるときも、ベールアームをいちいち指で戻さなければいけないし、ラインにたわみがあるとトラブルを起こしてしまう。そんなこんなで今の道具と比べると圧倒的に手間がかかるんだけど、見方を変えれば魚を釣りあげる以外の楽しみがあるので、最悪魚が釣れなくてもいいやって気持ちにもなる。

街明かりの水面

太陽もすっかり沈んで辺りが暗くなり、水面の動きを知らせる光源は街明かりだけになった。

リールを巻く間は手でルアーの振動を感じながら、目は次にキャストするべき方向を定めるため、潮目を見定める。ルアーフィッシングは本来は「動の釣り」。しかし、こうして魚がやってくるであろう潮目を待つという意味では、実は「静の釣り」。この複雑さがこの釣りを面白くしている一因でもある。

思い返せば、昔はバス釣りのように点々とポイントを探りながら釣り歩いたものだけど、今は釣り人口も増えてスズキが岸にいつかなくなったから、「動の釣り」だけでは成立しなくなった。これは不幸中の幸いと呼ぶべきか、怪我の功名と呼ぶべきかわからない。でも、時が経ってスズキ釣りの難易度が上がったからこそ、今のスタイルが楽しめるようになった……というのも事実なのだと思う。

Instagram: @tama1951