STORY
インショアゲームで
踏みだす新たな一歩

「芸術家として生まれた者はいないように、釣り師として生まれた者はいない」。これは最近海釣りにハマっているうちのボスが、釣り素人の私を海に連れ出すためにかけた言葉。きっと誰かの格言なんだろうけど、まあ出張ついでに釣りに連れて行ってくれるというなら、こんなラッキーなことはない。しかも今回は腕利きのガイドさんもいるし、新しい趣味に挑戦する絶好の機会だと思った。
仕事の延長線上に遊びがある

一人称に“私”を使うのが一番しっくりくるくらい、接客畑で汗を流した私。アウトドアアパレルショップで13年間働いたこともあり、休みの日は自転車に登山、キャンプ、サーフィンなどなど、仲間や一人で外遊びにでかけていた。
ときは流れいつの間にか人を指導する立場になっていたけど、感じ始めたのは自分の成長の鈍化。視野とスキルを身につけたいと思い、今年4月、35歳にしてアウトドアやライフスタイルブランドを扱うPR会社に転職して、今はプレスとして働いている。
この会社ではプレスルームでブランドの新作をメディアやスタイリストさんに貸し出したりするだけでなく、カタログやビジュアルの制作などのクリエイティブもおこなう特殊な会社。正直いって前職よりも忙しいし、自分の時間を作れないことも多い。だけど、仕事に絡めてアウトドアにいけたり、常に新しいモノゴト、人に出会えるというのは、私が求めていた理想の仕事だと思っている。

今回は、海でのロケ撮影のために大阪出張に来たついでに、社員研修と称して船釣りをすることに。自分は割とアウトドアズマンだという自覚はあるものの、釣りの経験は皆無に等しい。私の苗字は小濱だからハマちゃんと呼ばれることも多いけど、釣りバカ日誌のハマちゃんとは大違い。それだけに釣りにはどこかコンプレックスを感じていた。
道具も知識も持ち合わせていない私でも、成功体験があれば釣りにハマってくれるだろう、というボスの計らいで、大阪府堺市から大阪湾全域を案内している「シーマジカル」という釣り船を手配してくれた。どうやら今回はサワラを狙ってジギングという釣り方をするらしい。


どんな外遊びでも、フィールドや目的に合った道具選びが、その楽しさを大きく左右する。だからこそ、何もわからない初心者が闇雲に道具を揃えるのはリスクが高い。実際、私が釣りを始めたくても始められなかった理由もそこにある。「どこで、何を、どうやって釣りたいのか」がはっきりしていないと、結局タックルさえ決められないのだ。
でも今回は、最初からボスの私物や船長のタックルをレンタルすることができたので、道具の問題はクリア。とにかく釣りを楽しむことが私のミッションとなった。

見た目だけは一丁前に見繕っているものの、内心は未知の遊びを前にドキドキ。何せ船なんて若い頃に自転車で日本一周をした際のフェリーに乗ったことがあるぐらいで、釣り船に乗るのは初めてなのだ。
船酔いしちゃわないだろうか。自分で自分を釣っちゃわないだろうか。他の釣り客に迷惑をかけないだろうか。ズブの素人の私でも魚は釣れるのだろうか……。さまざまな不安を胸に秘めながら海風に当たった。
初めてのインショア、
その印象は?

港に着いたときは曇天だったけど、釣り場に着く頃にはすっかり晴れて、清々しい天気に。外海と違って大阪湾は波が穏やかだから、移動中も釣りをしている最中も船酔いすることはなかった。
大阪と淡路島が遠くに見える、湾の真ん中。ここがポイントだといわれたものの、なぜここなのかの理由は私には見当もつかないけれど、シーマジカルのキャプテンアングラーである角井さんは「釣らせる船長」として名が通っている人物。特にサワラキャスティングゲームを得意とする人がココだというのだから、素人が案ずる必要はないだろう。

それよりも私が心配すべきは、ちゃんと道具を使いこなして釣りができるかという点。幸いにも今回乗船している他の釣り人はみなさんが経験者で、角井さんはズブの初心者の私に対して基礎からしっかり教えてくれる時間を取ってくれた。
スピニングリールの使い方やキャストの仕方、リトリーブの仕方に加え、狙っている青物の習性、時間帯ごとの動き、変化する波に対する対処法まで、実際の動作だけでなく理論もしっかり学ぶことができた。これまで釣りは体育や生物の授業が好きな人向けの遊びだと思っていたけど、実際は数学的だし、どこか哲学にも通じる部分があるんだなと考えを改めさせられる。

大阪湾では、9月から12月頃がサワラのシーズンらしく、今回はそれをジギングで狙うことになっている。
そもそも「ジギング」という言葉の意味すら知らなかった私だが、角井さんによると、ジギングとはメタルジグという金属製の細長いルアーを使う釣り方らしい。メタルジグを使う理由は、青物が泳いでいる深い水深まで素早く沈められ、効率よく釣りができるからだとのことだ。

「特にサワラを狙う場合は、テイルにブレードという金属が付いたブレードジグを使います。サワラは遊泳力が強い魚ですが、浮袋がないため、激しい上下運動は苦手。だから、ブレード付きのジグをキャストして高速で横引きするだけで良いんですよ。ある意味テクニックが必要ないので、初心者の方でも十分に釣れるはずです」と角井さんが教えてくれた。
次々と身につく新知識

釣りの魅力に着々と引き込まれている私を横目に、すでにキャスティングを始めていたボスは、早々に一匹目のサワラをヒットさせてご満悦。刀のように細長いシェイプは確かにサバに似ているけど、その体格は圧倒的で、しかも見た目がイカつい。
サワラは食べたことがあると思うけど、魚市場でもあまり意識したことがなかったし、実際に釣ってみて「こういう魚だったんだ」と36歳にしてまた一つ新しい知識を得た気分だ。

そしてあらためて驚いたのは、生きたサワラのなんともいえない美しい色だった。これまで寿司屋で「光り物」と呼ばれる銀色の魚を見て、釣り人がなぜそれらを「青物」と呼ぶのか正直よく理解していなかった。でも、活きのいいサワラの背中がキラキラと青く輝いているのを目にして、ようやくその言葉の意味を実感した。


案外あっさりと目標の魚が釣れるのかも? と期待した私も、負けじとブレードジグを海に放り投げては高速リトリーブ。水中のジグの動きを想像しながら、クルクルとリールを巻き上げる。角井さんが貸してくれたリールは、スムーズそのもので巻いていて気持ちよくすらあった。

僕が釣りらしいことはじめて約20分。だんだんとコツを掴んでロングキャストができるようになった頃、突然ロッドがしなり、ビビっと手元に振動がやってきた。
「やった!なんかかかりましたよ!」。初めての感触とヒットした嬉しさから、ダンディな声とよく褒められる私の低音ボイスもうわずってしまう。

右へ左へ、船の下へ。逃げ回る魚とのファイトを楽しんだ末、ついに初の獲物とご対面。小さいけど、これは確かにサワラだ!
「ハマちゃんおめでとう、1匹目にしては上出来なサゴシっすね!」と角井さんが声をかけてくれた。

この日に得た新しい知識No.15。サワラは出世魚であり、一般的に全長60cmを超える成魚を「サワラ」と呼び、それ以下の未成魚は「サゴシ」と呼ばれている。出世魚という言葉は知っていたものの、体長で区分されていることを初めて知った……。
釣り人とロマン

この日は昼から日暮れまでの5時間を船上で過ごし、私は休憩を取ることなくキャスト&リトリーブを繰り返し、結果的に合計4匹のサゴシをゲットした。さすが、釣らせるキャプテンが操る船だけあって、初心者でも十分に満足できる釣果をえることができた。

最初にサワラを釣り上げたボスのほうはというと、殺気が伝わったのか何度もバラシて悔しい思いをしながら、私と同じくサゴシを釣り上げ、最終的には2人でサワラ1匹、サゴシ7匹という釣果に。
私は最後までサワラを釣り上げることを夢見てキャストを続けたものの、いつの間にか太陽は淡路島の影に沈みかけ、帰京の時間が近づいてきた。

これから東京までクルマで自走することを考えると、正直気が重くなるけど、その先には自分で釣った魚を捌くという夢のような体験が待っている。帰宅して、深夜に魚と格闘する私を見たら、一緒に暮らす彼女はどんな反応をするだろうか。想像すると少し笑ってしまう。

「人に魚を与えれば一日で食べてしまうけど、釣り方を教えれば一生食べていける」帰りの車中でボスがふと私にいったその言葉も、きっと誰かの格言なのだろう。だけど、こうして釣りに向き合う機会を与えてもらったことはとても嬉しかった。