STORY
スリルと興奮に満ちた
僕のリラックスタイム

ふたつのタイヤが土を蹴り上げ、木々が次々と後方へと流れていく。坂を駆け下るマウンテンバイクより、さっきまで高速道路を走っていた古いボルボのほうが断然早いのに、この心臓が高鳴るスリルは一体何だろう。そんなことを考えている隙もなく、集中を絶やさず次に進むほうを見つめ、瞬時に体勢を整える。アドレナリンが沸き立ち、気付けばあっという間にコースを下り終えていた。
マウンテンバイクとの出会い

僕がマウンテンバイク(MTB)にハマったのは5、6年前のこと。仕事を通じて仲良くなった俳優さんが連れて行ってくれたのがきっかけだった。僕は高校生の頃にBMXに乗って遊んでいたし、親の影響で子どもの頃から登山が好きで、大人になってもアルプスを登っていたから、MTBに対する抵抗もまったくなかった。それどころか、むしろやってみたいと思っていたので、誘ってもらったときには絶好のチャンスを得たと思った。
最初につれて行ってもらったのはMTB専用のコースではなく、里山の自然の中。リフトなんてものはないから、汗だくになりながらペダルをこいだり、自転車を肩に担いで山を登り、そしてダウンヒルを楽しむ。登山とは違うスピード感で山の中を進むのは新鮮だったし、一歩間違えば怪我しちゃいそうなスリルもある。MTB初体験の日、こんなに楽しい遊びがまだあったのかと衝撃を受けたのを今でも覚えている。

僕を連れてきた知人はどんどん進んで見えなくなる。僕も多少なりとも自転車の扱いには自信があったのだが、凸凹道に翻弄されてビビりまくり。しかし、自然の中を自由に駆け回れるのはとても魅力的だと感じた。そして乗っているうちに、自分もうまく段差をいなして、カーブもスムーズに曲がりたいな……なんて闘争心がメラメラと燃え始めて。そのあとすぐに、MTBを自宅に迎えていた。
特にパンデミックで自由な時間が増えたときはこれ幸いと、1人でクルマに自転車を積んで近場の里山を走りに行っていた。僕は懲り始めると止まらなくなるタイプで、ひどいときは毎週のように野山を走りにいっていた。
こうしてハマってから早5、6年。何台も乗り継いでいると、自ずと自分の好みや使って気持ちの良い道具はどれかというのもわかってきた。最近はMTBでもカーボンフレームが人気だけど、僕はクロモリ派。反発力のあるような乗り味もさることながら、やっぱり鉄特有の造形美に惹かれるのだ。
今日は久々のパークだったから、張り切ってボルボ240のルーフにフルサスとハードテイルの2台を積んできた。最初は斜面のコンディションと気分で選ぼうと思っていたけど、やっぱり身体を労わろうと思って今日はフルサスのほうをチョイス。一年ちょっと乗っているこの一台は、フロントを29インチ、リアを27.5インチにした前後異径のマレット仕様だ。
極上ダウンヒルを
気軽に楽しむ

自宅から約2時間のドライブを経てやってきたのは、富士山の麓にある「ふじてんリゾート」。僕はスキーもスノボもしないけど、雪のない時期にこのゲレンデにやってきてはMTBに興じている。ここは首都圏からアクセスしやすいし、一本のコースも長く走りごたえも充分。それに知人がこのコースを管理しているということもあって、比較的よく遊びにきている。僕は里山のトレイルを冒険するのに魅力を感じてMTBにハマった口だけど、こう暑いと体力も消耗するし、草木も生い茂って虫もすごい。だから暑いうちはこうしたちょっと標高の高いパークにきて、ゴンドラで楽して登り、ダウンヒルを楽しむことが多い。

MTBは仲間と一緒のほうが楽しいと思っていて、計画を立てて遊びにいくことが常。でも今日みたいに突発的に時間ができたり、MTBへのフラストレーションが限界にきたときはこうして1人で出かけることがある。ふじてんの3時間リフト券で午前中にダウンヒルを楽しんで、近くの吉田うどんを食べて家に帰っても14時すぎ。パッといけてすぐ帰ってこれるから、夕方から予定がある時でも問題なく遊びに行けるんだ。


ふじてんでは夏の間はリフトにキャリアが取り付けられ、自転車と一緒に15分の空中散歩を楽しみながら、標高1440m地点までアクセスできる。ふじてんの魅力は富士山・河口湖の眺望を満喫しながら、マウンテンバイクに乗れることと、溶岩地帯コースや、ビッグジャンプが連続するコースなど、上級者でも満足できる本格的なコースがあることだ。
プロライダーの高橋大喜さんがコースのプロデュースをしているだけあり、玄人好みの変化に富んだセクションもあり。全長が1200mのロングコースから、初心者向けのグラスコース、スキルパークまで9つのコースが用意されていて、リフトで登るごとに違うルートを選択できるというのもうれしい。


これまでいろんなパークや里山で走ってきて思うのは、自分のライディング技術に合わせてチャレンジできるようにコースが取られていることの重要性。何より怪我なく楽しく乗るのが一番だから、僕はいつも自分の限界値から8割、9割でクリアできるような乗り方を心がけている。その点で、ここは細かくルートが区切られているから、始めたての頃はとてもありがたかった。
上達して油断したときにやっちゃったり、単純に経験値にあっていない無茶な乗り方をしたり、頑張りすぎちゃったり、理由はさまざまだけど、この遊びを続けていると、周りでも骨折したという話をよく聞く。だからこそ怪我をして家族に迷惑をかけることになったり、仕事に支障を来さないよう、何度も同じルートをトライしてコツを掴んだりしてスキルを磨かなきゃなと思う。
楽しい時間はあっという間

とはいえ、そもそもダウンヒルの競技に出るわけでもなし、僕にとってMTBはあくまでも遊び。ちょっと試しにジャンプを試してみたりするけど、どちらかというと地形を読んでどうコース取りをするか、バームやドロップオフを減速せずにどうスマートにクリアするかを考えるのが楽しいのかもしれない。
ダウンヒルはスリル満点でエクストリームスポーツに分類されるものだけど、一方でスローに森林散策をする里山ライド的な楽しみ方もできるのがMTBの良さ。この両方をバランス良く楽しむことが、僕にとっての理想なのだと思う。


ひととおりのコースを走破して、ようやく調子を取り戻してきた頃には終了の時間。3時間は長いようでいて短い。一日券にすればよかったか? いや、体力が続かないな…という自問自答をするのは毎度のことだ。
ふじてんのMTBシーズンは10月中旬までだから、多分今日が今シーズンのふじてんでの乗り納め。いよいよ涼しくなってきたから、今度は里山を走りに行くシーズンが到来だ。しかし、子どもは数ヶ月前に生まれたばかり。今日みたいに僕だけ遊びに行かせてもらえるチャンスはやってくるんだろうか?

何はともあれ、久しぶりに山で遊ぶ時間をくれた妻に感謝しつつ、なにかお土産を買って帰ろう。埃にまみれた愛車を洗ってあげて、自分も高鳴る鼓動をクールダウン。2時間のドライブを終えて帰る頃には、きっとこの興奮も落ち着いていることだろう。妻はきっと反対するだろうけど、いつか子どもが大きくなったら、富士山の麓で一緒にMTBを楽しみたい。そんな未来を夢見ながら、家路についた。