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近所で満たす旅への渇望

近所で満たす旅への渇望

秋の休日。今日は同居している彼女が仕事で不在だから自由に1人の時間を楽しめそうだけど、時計の針はすでに10時過ぎを指していた。アウトドアを楽しむには少し遅いかもしれないけれど、休日を満喫するには十分な時間がある。さて、何をしようかと部屋を見渡していると、輪行バッグに入ったままのマウンテンバイクが目に留まった。

 

回り出す歯車

回り出す歯車

通勤や近所をうろつくときはもっぱらシティバイクにまたがっている私だが、たまにはマウンテンバイクにも乗ってやらなきゃ。そんな思いつきから、今日はサイクリングついでに、予定未定の旅に備えて予行演習をすることにした。環七沿いの自宅から多摩川まではペダルをこいで30分ほどの距離。どうせならテントも引っ張り出して、外の風に当ててやろう。

めっきりMTBパークからもバイクキャンプからも足が遠のき、窮屈な輪行バッグのなかにしまわれていた我が愛車トレック号。後輪を取り付けるのに手間取ったのは、しばらく放置されていたことに対するトレック号の反抗だったのかもしれない。しかし、なんとかあるべきところにチェーンもおさまって、走り出す準備が整った。

街中は細かな段差もあるからマウンテンバイクは快適

街乗りにはロードやクロスバイクが人気だが、なんだかんだ街中は細かな段差もあるからマウンテンバイクは快適。もちろん都会の平坦な道のりはコイツには物足りないだろうけど、もう少ししたらサイクリングロードがあるし、土手を降りたところにはダートや、ところによっては河原まで降りて凸凹道を楽しむことだってできる。

このマウンテンバイクは以前働いていたアウトドアセレクトショップで社割を利用して手に入れたもので、もう8年ほどの付き合いになる。買ったばかりの頃は同僚たちと林道までトレイルライドに出かけたりしていたが、だんだんと旅バイク的な使い方にシフト。今ではキャリアやパニアバッグを付けたキャンプツーリング仕様になっている。

14年のキャリア

気の赴くまま、ロードバイクで日本一周を果たしたのはもう10年も前のこと。周りはワーキングホリデーで海外に行く人も多かったけれど、自分の場合はまずはこの目で日本を見たいと思って、日本一周を意識し始めたのは大学生の頃だった。その目標を実現するには、自転車はもちろんキャンプの知識や道具が必要だと考え、門を叩いたのが、やがて14年のキャリアを積むことになるアウトドアセレクトショップだった。

半年間の自転車旅を終えたあとも暖かく迎え入れてくれた職場では、その後もさまざまな外遊びの経験も積ませてもらった。アウトドアや旅に対する視点、必要な道具や知識、そして自然とともに過ごす豊かさを多くの人に伝えていきたいと思ったのも、この一つひとつの経験があったからなんだと思う。

 

川辺で過ごす人々

川辺で過ごす人々

今の仕事はアウトドア・ファッション関連のプレス会社で、イベントで週末が潰れることはあるものの、基本的には土日休み。連休を利用して遠出も可能だし、酷暑の夏も過ぎ去った今、そろそろテントを持っての自転車旅を再開しようと思っている。今日はそのリハビリも兼ねて、二子玉川から稲城まで川沿いを往復するサイクリングに出かけてみた。

川辺では休日をのんびりと過ごす人々が楽しそうに集まっていて、そんな風景を眺めながらペダルをこぐと、往復で20キロちょっとの道のりもあっという間に感じられた。気負わず、気ままに走るこの感覚はやはり心地よい。

人気のない原っぱに自転車を止め

河川敷では、草野球の試合に熱中するチームや、愛犬を横に釣りを楽しむおじいちゃん、SNS用らしきダンス動画を友達と撮っている女の子たちなど、さまざまな人たちが思い思いの時間を過ごしていた。そんな多摩川ピープルから少し離れ、人気のない原っぱに自転車を止めた私は、今日のもう一つの目的に取りかかることにした。
日本一周の旅で相棒だったソロテントに風を通しながら、最近手に入れたタープの試し張りもしてみる。まるでキャンプツーリングの予行演習だ。周りから見れば、きっと変わった人に見えただろうけれど、そんなことはお構いなしだ。

  • MTB

  • MTB

今日カバンに詰めて持ってきたのは、テントとタープと、コーヒーセットと工具だけ。キャンツーを気取るには道具が少なくて気分が盛り上がらないけれど、近所でちょっと遊ぶならこれが現実的なところ。土手を通過する人たちからの視線をたまに感じながら1人ポツンと、野原に自転車と道具を横たえた。

「蒼白き多摩川に思い浮かべて〜すべるように穏やかに今日が暮れてゆく〜」。この日妙に頭でリフレインして口ずさんでいたのは、スピッツのなかでもマイナーな曲だった。

 

トライ&エラー&エラー

トライ&エラー&エラー

長年苦楽をともにしてきたソロテントを、延命の祈りをこめて丁寧に組み立てて、風を通してあげる。自転車旅にちょうど良い軽量さと前室の広さが気に入っているけど、フライシートのコーティングが劣化していて、ギリギリのところで雨を防いでくれている状態。インナーは全然使えるからフライシートだけで販売してくれれば助かるのに、それがないから悩ましいところ……。

ソロテント

そこで思いついたのが、アウターテントの代わりにタープを張る方法。これなら自転車も雨に濡れず、安心して眠れるはず。そう考えて今日はタープのテストをしようと意気込んでいたのだが、なんとタープポールが入っていない! どうやら家にそのまま置いてきてしまったらしい。

アホな自分に呆れるけど、この失敗は実際にキャンプツーリングに出かける際の戒めになるだろうと、ポジティブに考えることにした。

ソロテント ソロテント

「失敗の苦味が人生を味わい深くしてくれる」とは、私がこの日コーヒーを淹れながら思いついた格言。自分を慰めるために、自分の心を守るために考えついた言葉だけど、それらしい人がそういったら、深みを帯びるんではなかろうか?

自分の思考が浅はかに思えて嫌になることもあるけど、こうして頭のなかで考えに耽れるのはやっぱり自転車やソロキャンプの時間ならでは。最近、こんなふうに一人の時間をじっくりと過ごす機会が少なかったけれど、たまにはペダルを漕いで、ゆるりと旅に出なければ。

ソロテント