STORY
白銀に染まるひとりの休日

登山にトレラン、自転車、海釣り。その時々でいろんな遊びを楽しんでいる僕だけど、冬はなんといってもスノーボードの季節。父に連れて行ってもらったスキーが山遊びの原点で、中学生のころからスノーボードを始めて早20年以上。シーズンが来るたび、時間を見つけては雪山に通うのが習慣になった。いつもは友人や妻と一緒だけど、今日はみんな予定が合わず久しぶりにひとりでゲレンデへ。今シーズンは雪が多いこともあって、熱が高まってしまっているんだ。
気ままなひとり遊び

1週間の仕事を終えて自宅に戻り、2時間ほど仮眠。スキー場に向かうため愛車に乗り込んだのは深夜0時だった。冬の関越道は、朝6時にはスキーヤーやスノーボーダーたちのクルマで渋滞が始まるのが常。もし事故渋滞でもあれば、狙っていた朝イチのグッドコンディションを逃してしまう。だからできるだけ夜のうちに走って、フィールド近くのサービスエリアで仮眠をとることにした。
今日は新潟エリアのスキー場を目指すので、まずは谷川岳のパーキングを目標に進む。登山にしろ何にしろ、アウトドア遊びは前のりできると格段に動きやすい。僕が車中泊仕様にカスタムしたハイエースに乗っているのもそれが主な理由で、どこでもサッと仮眠ができると、短い週末の時間を有効に使える。僕はクルマに常備している寝袋を取り出して潜り込み、アラームをセットして横になった……。


すっかり冷え込んだ車内で目覚めたら、コーヒーと朝食を買って、小一時間のドライブを。関越トンネルを抜けたときに目に飛び込んでくる雪国らしい景色が好きで、朝日に照らされた白銀の山並みはいつも僕の心を踊らせる。
早く滑りたい気持ちをなだめつつ、突然雪深くなった道を慎重に進んでいると、僕と同じようにボードを積んだクルマが次々と湯沢インターの降り口に向かっていく。この町には11ものゲレンデがあるけど、みんなは今日はどこを滑りに行くのだろうか?
研ぎ澄まされる感覚
普段なら、朝イチから滑って渋滞を避けるためにお昼ごろに切り上げるようにしているけど、今日はひとりのコソ練デー。日暮れまでたっぷり遊んで、自分のペースで雪を楽しむつもりだ。
いつも一緒にくる友人や僕の妻は、僕がスノーボードをしたくて無理やり巻き込んだ感じ。それでも思惑どおりハマってくれて、今ではみんな上級者コースも問題なく滑れる腕前になった。だから普段は一緒に滑っていても、互いに気を遣う必要はほとんどないんだけど、完全なる単独行動となると、やっぱり段違いの自由を感じられる。

始発から何本か見送ったあとのロープウェイに乗って標高を上げると、視界が一気に開けて壮大な景色が待っていた。このスキー場はコースも広くて、標高もそこそこ高く、気軽に大自然に触れられる最高のロケーション。
早い時間はきれいにグルーミングされたバーンでのカービングが気持ちいいし、今日は最高気温がマイナス4℃とあって雪質は上々。ゲレンデ脇の非圧雪ゾーンではパウダースプレーを舞い上げて、浮遊感も味わえた。

リフトやロープウェイの移動中、誰かと話せないのは寂しい反面、スノーボードに純粋に向き合える時間でもある。足裏に伝わる雪の抵抗、板がわずかにたわんで反発する感触。刺すように冷たい空気や、雲ひとつない青空が反射する雪面のまぶしさ。ひとりきりでスノボを楽しんでいると、そんな細かな自然の声が深く染み入ってくる。

スノーボードの楽しみ方
このスキー場のいいところは、僕の思う正しいスキー場メシがあること。小洒落たレストランに行くのも悪くないけど、僕は食券を出したらその場ですぐ盛り付けてくれる、やっぱりそんなスタイルのレストランが好みだ。食欲をそそるカレーの匂いに抗いながら、僕がいつも頼むのは大盛りのミートソースパスタ。茹でるというより湯掻いたような感じのパスタに、濃いめのソース。スノーボードのときは、こんなカロリー高めの昼食に限る。
また、リフトの頂上からバックカントリーエリアへアクセスできるのも、このゲレンデの魅力だ。尾根伝いにはすでにいくつものラインが刻まれていて、誰も踏んでいない真っ白な雪面に飛び込んでいくスリルと解放感は格別だろう。

僕も仕事の影響で30代でバックカントリーに挑戦して、それ以来その楽しさに取り憑かれた。無限に広がる白銀の斜面が、自分だけのキャンバスに見えてくる……というのはカッコつけすぎかもしれないが、ゲレンデ内以上に大自然を相手にしている感覚が強く、自分の描きたいラインを自由に描けるところが魅力なのだ。
僕の感覚では、ゲレンデ内でのスノーボードは、自分の体の動きと斜面との対話がメインで、スポーツ的要素が強い。一方、バックカントリーは山へアクセスするプロセスも含めて、より自然との対話を大切にする登山的なアウトドアアクティビティに近い。それだけに圧雪・非圧雪を問わず、ゲレンデで培った経験や感覚が活きてくるし、学ぶことは尽きない。
ただ僕の場合、バックカントリーへはガイドさんと一緒でないと入らないと決めているから、今日はゲレンデオンリー。だけど開放的な大自然のフィールドを堪能するためには基礎を身につけることは当然必要だ。
フルカービングでエッジをしっかり噛ませる感覚を身につけることは、急斜面や固いバーンでも安定した滑走に役立つし、いろんなスキー場に足を運び、異なる雪質や斜面に挑戦するのは、純粋に楽しいだけでなく、自然とスキルを磨く絶好の機会。こうしてゲレンデで積み重ねた経験が、たまに訪れるバックカントリーでの自由でダイナミックな滑りを、より味わい深いものへと変えてくれると思っている。
内なる情熱に忠実に

一日滑り倒していると、学生時代にあるウィスラーに3ヶ月ほど滞在してスノーボードに明け暮れた日々のことを思い出した。短い間だったが、カナダの広大なコースは未熟だった僕に挑戦することの楽しさを教えてくれた。手が届かないと思っていた斜面に何度もトライを重ね、少しずつ滑れるラインが広がっていく感覚。あの頃、世界が一気に開けたような喜びを味わったのを思い出す。
自然のなかで過ごす時間が僕の心を自由にしてくれる……。その記憶が今でもどこかで僕のアウトドアライフを支えているのかもしれないな。

そんなことを考えながら滑っているうちに、気がつけばリフトの営業終了が迫っていた。若い頃の情熱が再び胸を熱くしたのか、それともひとりきりで過ごす自由な時間の心地よさに浸っていたからなのか、今日は夢中で滑っていたようだ。
太陽が一気に西の稜線に沈み、東の山肌をオレンジ色に染め上げている。その美しい夕景を目に焼き付けながら、大回りのターンを刻み、ゆっくりとラストランを堪能。一日中滑り倒した充実感と名残惜しさが入り混じる中、ゲレンデをあとにする。
最後には、1日をフルで楽しんだ他のスキーヤー、スノーボーダーたちに混じって、駐車場まで続くロープウェイの長蛇の列に並ぶ。それまで温まっていた身体は、山影の風にさらされて一気に冷え込んでしまったが、幸いにもこの近くに日帰りの温泉施設がある。どうせ渋滞もしているだろうし、今宵はゆっくり温泉に浸かってから帰ろう。途中でお腹が減ったら食べればいいし、眠くなったらまたクルマで休めばいい。

誰にも遠慮することなく、自分の欲望に忠実に過ごした休日。やっぱり、ひとりの気ままな雪山時間も最高だ。
Instagram: @wanibuchiwataru