STORY
移住計画から生まれた、
もうひとつの居場所

東京からの移住先として購入した山の家は、紆余曲折を経て自然と向き合うセカンドハウスに。予定調和になかったこの藤野での二拠点生活は、思いがけず僕の生活を彩る存在となった。薪ストーブを燃やして暖をとる季節も残りわずかとなり、もうすぐ春がきて、やがて夏を迎えるだろう。そんな時の流れの速さを感じつつ、雨の休日をゆっくりと過ごした。
春の雨に振られる山の家
三寒四温。3月にもなれば、すでに半袖でも過ごせるほどに暖かな日も出てきて、東京ではもう梅の花が街を彩ってくれている。2週間ぶりにやってきた山の家はそれに比べれば一歩春が出遅れているものの、庭の草木には着実に萌芽がみられるようになった。
世田谷の自宅から高速で1時間ちょっと。下道なら2時間ほどで着くこの“山の家”は、神奈川と山梨の県境、藤野の山奥にある。2021年に売りに出されていた空き家を買って、セルフリノベーションしながら暮らしはじめて今年で4年目。フリーのフォトグラファーとして仕事をしながら、時間を見つけてはここに来て少しずつやりたいことを進めている。

もともとこの家は、セカンドハウスというよりも東京からの移住先として考えていた。東京では20年ほど暮らしたし、娘が小学校にあがるタイミングで家族で引っ越してこようと思って購入したのだ。パンデミックは僕たち家族にとっても暮らしに目を向ける機会にもなり、最初は自然に近く、近隣とほどよく交流でき、なおかつ東京へのアクセスも良好な場所はどこかと探し始めたのだ。
候補として鎌倉・湘南、丹沢、房総半島も検討したが、いろいろと物件をみてきた結果、なかでも一番気に入ったのはこの藤野の山間の雰囲気だった。僕たちの山の家は、脱輪したら一貫の終わりみたいな私道を抜けた先の、山の斜面にポツンと建てられていてとても静か。東向きにひらけているので山間部にしてはとても日当たりがよく、リビングからは遠くの山々が望める。
この家も購入したし、僕は移住する気満々だったけど、妻と話し合った結果、東京に拠点を持っておくことは仕事も子育てもしやすいということで、ここは週末を過ごすセカンドハウスとして利用することになった。娘は週末に友達と遊びに出かけることも多くなり、妻の山の家ブームも落ち着いたこともあり、僕一人でここに来る機会が増えているものの、僕は僕で、庭仕事やセルフリフォームに追われながら楽しく過ごしている。
せわしないスローライフ

田舎でのスローライフは、やることがいっぱいでスローなんかじゃない。とはよく言われることだけど、正にそのとおり。しかも常にここに居れるわけではないため、やって来るたびに庭仕事や裏庭の開墾などであっという間に1日がすぎていく。しかし、今日は久々の雨。あんまりできることもないし、割り切って家のなかでダラダラ過ごすことにした。
この家は2階建てであるものの、ほとんどの時間を過ごすのは、三間をぶち抜いてセルフリノベーションをしたLDK。床を貼り直したり、キッチンを移設したり、薪ストーブを入れたりと、ここまで来るのにも相当な時間が必要だった。
未だにキッチン脇には直しかけの壁が残っていたり、下地のままの部分があって手を加えるべき場所は山積みだけど、普通にこれで住めてしまっているし、この中途半端さ気に入っていて、自分のなかではもうほぼ完成形。だから雨の日だからといって屋内のDIYを進める気にもならない(笑)。
この家にはあまり仕事道具やパソコンは持ち込まないようにしていて、暇な時にやることと言えば、積読を読んだり、写真を撮ってみたり、お気に入りの薪ストーブをいじって、窓から火を眺めたりすること。天気には翻弄されるけど、気の赴くままに楽しむこの山の家での自由時間は、何物にも代えがたい贅沢さがある。
ありのままを受け入れて

雨脚が弱まったのを見計らって、もうすぐ満開を迎えるミモザのつぼみや、見頃となったクリスマスローズ、春雨に濡れて垂れるスノウドロップの姿をカメラに収めた。今回の滞在は2泊3日だったが、次にここに来られるのは10日後。この愛らしい早春の花々の姿は、今を逃したらまた一年後になってしまう……。
僕は特定のアウトドア遊びに傾倒しているわけではないけど、自然が身近にある暮らしに憧れてこの山の家を手に入れた。登山客で混み合うトレイルやキャンプ場に行かずとも、ここで山の空気や季節の草花を楽しめるし、定点観測をしているからこそ見えてくる変化があるのだと身をもって感じている。

フォトグラファーという職業からか、僕の周りにそういう人が多いからか、僕の興味をそそる暮らしを目にすることが多く、僕も刺激を受けて木工や庭づくりをするようになった。庭のシンボル的になっている薪棚は、スイス積みとか、ホルツハウゼンと呼ばれる形。また、石を螺旋型に積みあげることで日照、湿度などに変化を作って微気象を生み出す、パーマカルチャーの手法に則った“スパイラルハーブガーデン”を実践したりと、実験的な庭づくりをするのもこの暮らしの醍醐味。作るのも眺めるのも楽しく、そして実用的なものが完成すると誇らしくもなる。

移住や二拠点生活を送る人のなかには、勉強熱心というかオタク気質というか、とにかく知識を蓄えて実践する人や、メディアに登場するような洗練された暮らしをしている人が多い。でも、そんな人たちと比べると僕の家はかなりテキトー。本やYouTubeの情報を頼りにDIYや庭いじりをやってこれまでなんとかなってるし、敷地内の倒木から作った薪で暖をとって、その灰を庭に撒いちゃったりなんかして「うん、なんかカーボンニュートラルっぽい!」と満足してみたり。よくわかってないけど、自分が楽しければいいやという精神でここでの暮らしを続けている。
志が高く、あれこれ理想を求め過ぎた結果、田舎暮らしが苦しくなる人もいるらしい。でも、僕の場合は気楽に構えているおかげで、良い形で続けられている気がする。何事も楽しくなければ継続はできないし、植えた球根を猪に掘り返されたり、台風で庭が荒れたりもするから、何かと仕方がないと割り切る姿勢も大事なんだろう。
街と自然との
ほどよいバランス

この家を手に入れて2年くらいは、時間を見つけては日帰りでも訪れるほど熱心だったけど、最近はよい意味で特別な場所ではなくなり、自分にとって生活の中の一部になった。東京の自宅に加えて山の家があることで、日々のリズムに変化が生まれて、生活にメリハリが出ている気がする。
また、こうして生活してみてわかったことだが、老後の隠居としての山暮らしではなく、働き盛りの40代でこの場所を手に入れたのは、体力的にも人生の刺激という意味でも良い決断だった。
海外での撮影も定期的にあって、旅先で思いがけず買った洋服や小物、ラグやブランケット、謎のオブジェは、インテリアとしてこの家の彩りに。いわゆる男の隠れ家でもなければ、クリエイティブなアトリエでもないが、僕の家族……というか、僕の趣味が詰め込まれた、心地よい山の家になっているんじゃないだろうか。

写真を撮るとき、狙い通りではなく偶然生まれた一枚が一番気に入ることがあるように、この山の家がまた別の暮らしを見せてくれるはず。だから僕は、シャッターを押し続けるし、山に通う日々も続けていくつもり。
移住を目的に手に入れた家が、気ままに楽しめるセカンドハウスとなり、今では僕にとって欠かせない存在になったように、これからもこの場所が思いがけない風景や新たな発見をもたらしてくれることを楽しみにしている。
中矢昌行
1976年生まれ、愛媛県出身。松山大学法学部および桑沢デザイン研究所を卒業後、写真スタジオ勤務を経て2008年にフォトグラファーとして独立。 現在は東京と神奈川を拠点に、ブランドのルックやカタログ、雑誌、動画撮影など幅広い分野で活躍。4匹の猫たちと自身との生活を収めた写真集に代表されるように、人々の暮らしや自然、旅先での風景を穏やかに切り取っている。
Instagram: @masayuki.nakaya
Photos by Masayuki Nakaya