日本一暑い熊谷で真夏のスノーボードを

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日本一暑い熊谷で
真夏のスノーボードを

日本一暑い熊谷で真夏のスノーボードを

真夏の最高気温を記録する熊谷に、スノーボードを抱えた人たちが集まってくる。そこにあるのは、日本最大規模のオフトレ施設「埼玉クエスト」。キッカーの滑走路面はスノーブラシ、ジャンプの着地面にはエアバッグ。雪のない季節でもトリックが楽しめるこの場所には、滑る喜びを感じ、成長の手応えを噛みしめる人々の笑顔が溢れている。

 

冬を待ちきれない
スノーボーダーの拠り所

冬を待ちきれないスノーボーダーの拠り所

関東平野の北西、真夏の最高気温で知られる“日本一暑い街”熊谷。そんな灼熱の地に、真夏にもかかわらずスノーボードを抱えて集まる人たちがいる。彼らの目的地は、日本最大級のオフトレ施設「埼玉クエスト」。ここが僕の勤務先だ。
オフトレとは、オフシーズントレーニングの略で、雪のない季節にスノーボードやスキーの練習をすること。筋トレのような基礎トレも含まれるけれど、ここでは実際にジャンプやトリックの技術を磨くことができ、フリースタイルを愛するライダーたちが、腕を磨いている。

アウトドアブームの中のレジャー

冬のゲレンデでパークを飛び回るような人たちが、雪のない時期に技を研ぎ澄ます。ウィンタースポーツに馴染みのない人はその存在すら知らないこともあるだろうけど、特にコロナ禍以降のアウトドアブームの中、レジャーとしての認知も広がって、全国各地の施設も賑わっている。僕自身もそうだけど、季節を問わず滑りたいと願うスノーボーダーやスキーヤーにとって、いつでも板に乗れる環境があることはこの上ない幸せだ。

 

雪山育ちがたどり着いた、
愛すべき新天地

雪山育ちがたどり着いた、愛すべき新天地

僕の出身は、長野・菅平。父がスキー場を経営していたこともあって、ゲレンデは物心つく前から日常の風景だった。親の英才教育のおかげでスキーもスノーボードも自然と身につき、「乗れなかった頃の記憶がない」なんていうと大げさだけど、本当にそんな感覚。僕がプロスノーボーダーを目指そうと思ったきっかけは、のちに埼玉クエストを立ち上げ、今では僕のボスでもある佐藤康弘さんとの出会い。ちょうど僕が小学生の頃、父のスキー場にパークを作る話が持ち上がり、プロデューサーとして現れたのが佐藤さんだった。

彼は、プロスノーボードチーム「FIEST CHILDREN」のリーダーであり、数々のスノーボードムービーを手がけたレジェンド。その一方で、今も現役のコーチとして現場に立ち続ける、僕にとっての憧れの存在だった。

スノーボードコース

そんな佐藤さんや仲間たちと滑るようになったのは、小学4年生の頃。気がつけば「自分もプロになりたい」と思うようになっていた。でも中学に上がる前に大きな怪我をしてしまい、気持ちは少しずつ変化。プロの道からは離れたけれど、滑ることへの情熱は冷めず、スノーボードは本気の趣味として中学高校と熱心に続けていた。

オフトレ施設の仕事

高校時代も滑ることばかり考えていた僕に、就職を迷っていたタイミングで、オフトレ施設で働かないかと佐藤さんから声がかかった。プロじゃなくても、好きなことを仕事にできる。その可能性に惹かれて埼玉に移り住み、もう12年。2013年の創業時から埼玉クエストで働き、今では唯一のオリジナルメンバーに。そしていつの間にか、現場をまとめる店長という立場にもなっていた。
自分たちで穴を掘ったり整地をして、テスターの人たちと一緒にキッカーの設計も考える。運転免許取り立てでダンプを運転したり、かなり土臭いことをやりながら、今の形に繋がっている。すべてが手作り。 そして、その手間の分だけ思い入れも深い。

オフトレ施設

どうすれば、より安全に、そして楽しく滑ってもらえるか。そんな思いから、スモール・ミドル・ビッグの3サイズのキッカーを用意するところから始まり、やがてはテーブル長15mのメガビッグキッカーも完成した。お客さんのニーズに応じてレイアウトを柔軟に組み替えてきたことが、初心者からトップ選手まで、幅広い層が訪れる今の埼玉クエストを形づくっているのだと思う。

スノーボーダーとしての幸せ

そんな僕たちの取り組みを評価してくれるスキー場も現れ、2022年にはGALA湯沢に僕らが監修したスノーパークがオープン。それ以来、冬のあいだは単身赴任で現地に滞在している。家族と離れて暮らすのはやっぱり寂しいけれど、冬場に雪と関われるというのは、スノーボーダーとして何よりの幸せだ。

 

夏のオフトレは、
上達と爽快感のいいとこ取り

夏のオフトレは、上達と爽快感のいいとこ取り

ここ埼玉での仕事は、施設全体のマネジメントをはじめ、受付やレンタルの管理、コースの保守、安全管理、お客さんとのコミュニケーションまで多岐にわたる。派手さはないけれど、どれもスノーボーダーたちの“滑る時間”を支える大切な仕事。なにより、スノーボードが好きな人たちと関われていることが、自分にとって一番の喜びだ。

夏のゲレンデ

スノーボードって、ただ滑るだけでも十分に楽しい。でも「うまくなった」と実感できたときのあの嬉しさは、やっぱり格別だと思う。冬のゲレンデでその手応えを感じたいなら、オフシーズンの過ごし方がカギになる。オフトレはまさにそのための場所。
ジャンプのフォームやスピンの感覚を、雪のない季節にも反復練習できる。しかも、着地にはエアバッグを使用しているから、失敗を恐れずに挑戦できる。安全性が高く、効率よくスキルを磨けるという点が、オフトレ施設ならではの魅力だ。

コースに散水

スノーブラシの滑走感覚は雪とは少し違うけど、それをコントロールできるようになると、実際の雪上でも滑りの精度が上がるというメリットもある。コースに散水された水を切り、空中に飛び出す爽快感は、ゲレンデとは違う心地よさが味わえる

 

遊びを通じて人とつながる

遊びを通じて人とつながる

オフトレ施設の面白さは、滑ることそのものだけじゃない。ここには自然とコミュニティが生まれる空気がある。雪山では見知らぬ人と会話を交わすことは少ないけれど、この施設のように限られた空間では、待ち時間や休憩中にふとした会話が生まれる。
「今シーズンはどこ行くの?」「お気に入りのゲレンデは?」そんな雑談がきっかけになって、「じゃあ今度一緒に滑りに行こうよ」と横のつながりが広がっていく。

仲間に会いに来るような、あたたかい場所

常連の人たちはフレンドリーで気さくに声をかけてくれるから、ここは職場であると同時に、仲間に会いに来るような、あたたかい場所でもある。お客さん同士もオープンマインドな人が多くて、スノーボード好きな男女が出会い、一緒に滑りに行くようになり、最終的には結婚しちゃう「クエスト婚」という事例も生まれている。

真夏のトレーニング場

オフトレは技術だけでなく、出会いや仲間、冬をもっと楽しむための関係性まで育ててくれる。真夏のトレーニング場でありながら、冬の楽しさをつくるための、かけがえのない場所だと思っている。

 

思い通りの動きができた
その達成感

思い通りの動きができたその達成感

正しい練習を積み重ね、失敗することが上達につながる。時々失敗することが怖くて、この真理を見失ってしまうことがある。

普段は中・上級者向けのコーチとして、ミドルキッカーを使ってストレートエアーやスピンの基礎をレッスンするのが日常。最近は新しく立ち上げるハーフパイプ施設の準備に追われ、自分が滑る時間はどんどん減っていた。でもこの日、夏休みに入って無邪気に盛り上がる少年たちに唆され、久しぶりにメガビッグに挑戦することにした。

日本最大級のキッカー

ミドルキッカーとは比較にならない長さの助走とスピード、そして距離。自分たちが作ったものだけど、久々だと正直足がすくむ。テーブル長は15m、実際の飛距離は25mほど。ドロップの角度は44°、リップの最大角度は約34°。さすが世界を目指すライダーたちが飛ぶだけある、日本最大級のキッカーだ。

助走に入りながら、空中で360を回すイメージを思い浮かべる。アプローチはフラット。トゥからヒールエッジ。そしてボトムからリップにかけては、ヒールエッジを意識して……。

空中で自分の身体をコントロール

飛んだ瞬間、ふわっと体が浮き、視界が一気に開ける。まるで時間が止まったかのように周囲の音が消える。空中では、自分の身体をコントロールしながら、腰をひねり、板をグラブし、着地へと視線を送る。頭の中はスローモーション。でも身体は経験と感覚で自然と反応していた。
ボフン——。空気をたっぷり含んだエアバッグが着地を受け止め、ビニールの床に沈み込んだ瞬間、思わず笑みがこぼれる。

ジャンプの魅力

思ったより飛距離は出なかったけれど、久しぶりの一発目としては悪くない。ジャンプの魅力は、恐怖を乗り越えた先にある達成感と高揚感。うまく決まったときには、思わずガッツポーズが出るほど。その瞬間を目指して、みんなが練習を重ねている。そして何より、自分が「うまくなっている」と確信できる手応えを得るため。

僕自身が楽しみながら伝えていきたい

この感覚を一度味わってしまったら、もうやめられない。 スノーボードが好きでこの世界に飛び込んだ僕だけど、今はその楽しさを、もっと多くの人に伝えていくことに使命感を感じている。
正しい練習を重ね、たくさんの失敗を経てこそ、確かな上達があると信じている。オフトレの持つ意味と面白さ——その価値を、これからも僕自身が楽しみながら伝えていきたい。

Instagram:
wtr.y_1109

埼玉Quest:
https://www.saitamaquest.com/

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