STORY
芦ノ湖ネイティブと
一木花漣の休日
朝日に照らされた街を抜け、高速道路でフィールドまでワープする。日中は汗ばむ初夏でも、山間の道にはひんやりとした空気が溜まっていて、車内からでもその気配が伝わってくる。緑の中の峠道を抜けて湖が見えてきた瞬間、「今日も始まるぞ」と、戦闘モードに入った。
暑い時期は標高の高い湖で避暑をしながら釣りを楽しむ。そんな心地の良い日を過ごした、一木花漣の休日。
非の打ち所がない、
芦ノ湖の朝
釣りを始めた頃に比べたら、私も経験を重ねて、少し“スレた”ところはあるのかもしれない。だけど、ワクワクする気持ちだけはいつも変わらない。友人に連れられてどっぷりとのめり込んだバス釣りの世界。毎週のように釣りをするようになって、気付けばライフワークになっていた。友人たちも、最初はこんな未来を想像していなかったと思う。
自分でもいまだに驚いてしまうけど、私もプロアングラーの端くれ。息をするように、道具もポイントも自分で選んで、どう攻略していこうかと頭のなかにすぐに浮かんでくる。といっても、“予想通りにヒットする”精度をあげていくのが難しいんだけどね。
釣りを始めた頃は千葉の野池や湖に行くことが多かったので、初めて芦ノ湖に来たときはちょっと感動した。熊本生まれの私は、アウトドア好きな父に連れられて家族でキャンプにも行くことがあったけど、あのときのレジャー感覚というか。とにかく自然味豊かで、アクセスするまでの道のりすらどこか心地いいのだ。
水はいつも透明感が高く、底が見える日もある。山に囲まれた静かな湖上には鳥居が鎮座し、海賊船がゆっくりと行き交う。さらに、霧がふっと立ち込めたかと思えば、次の瞬間には晴れ間がのぞくこともあって、景色はどこか幻想的。
そんな非日常があたり前みたいに広がっているから、今日みたいにのんびり釣りがしたい日はここに来たくなる。
「これから釣るぞ」と意気込む私を、いつも優しく迎えてくれるボート屋さん。はやる気持ちを抑えながら、桟橋からボートに乗り込む。ほどよく雲のある晴れ空。きれいな湖。そして相棒のタックルたち。役者が揃ったら、いざ出発。
朝が勝負どき。
胸を高まらせて。
船もバイクやクルマもエンジンが付いているという点では同じだけど、ボートはまさに滑り出す感覚だ。バイクの免許をとったときに覚えた「どこへでも行ける」って気持ちが、湖の上でもまた戻ってくる。
風を切って水面をかき分けて進むボートは、希望に満ちた私の気持ちそのものみたいに軽やかだ。 ……もっとも、場数を踏んだ今の私はちゃんと知っている。
「今日は釣れるぞ!」という期待と希望のピークは、たいていこの瞬間にある。 そして、釣れない時間が長くなるほど、「どうして釣れないのか?何がダメなのか?」という疑問が静かに積み重なっていくことも。
でも釣りって、釣れないときがあるからこそ釣れた瞬間がいっそう愛おしくなるもの。自問自答しながら、自分なりの答えを探していくところに醍醐味があるんだ。
アングラーズアイドルをきっかけに釣り中心の生活になってから、多くの人に会って、いろんなことにも挑戦してきた。メディア出演、YouTubeチャンネルの運営、シマノのモニター、バス釣り大会の主催、アパレルブランドの運営。全部の根っこにあるのは、釣りの楽しさだ。
釣りを始めた当初は、ルアーを投げているだけで楽しかった。けれど今は知識も増えて、釣れないときの悔しさが前より強い。
当時よりうまくなってるはずなのに、なんで釣れないんだろう。思い通りにいかないところが面白い、って感じるのは……釣りをしない人からすると「その感覚おかしいよ」って言われるかもしれないけど(笑)。
今朝は気温が高め。だから、日がしっかり昇る前に、まずは涼しい日陰のポイントを探ってみる。岸際の木々が覆いかぶさるオーバーハングに投げ込むのは、ポークルアー。豚の皮と脂でできたルアーだ。芦ノ湖ではプラスチックワームが禁止だけど、これなら問題ない。
湖底にいる食い気のあるバスの気持ちを想像して、魅力的な動きをポークに演じてもらう。岬になっているポイントは水の流れで小魚が寄りやすく、バスも滞在したり、通り道にもなる。午前中の早い時間はこうして、まずセオリー通りに試していった。
狙い通りに釣れたときの
嬉しさ
しばらくポークでボトムを探ってみたり、水温が低そうな湧水や河口部分をリサーチしてみたけど、反応がなさそうなので場所を移動することに。
山の谷間にできた南北に長い芦ノ湖は、カルデラ湖ならではの地形変化が豊富。張り出している部分やブレイクに絡む岩。変化が多彩だから、特定のポイントに固執しすぎずにテンポよく移動していく。
水深は浅めながら、人工の障害物が絡むポイントで表層を狙う。トップウォーターのなかでもアピール力が強く、水面を叩きながら進む羽モノルアーをシャローに投げ、スローに誘った。物影に隠れているバスを引っ張り出して食わせられたら、最高に気持ちいいはずだ。
水がきれいで、空も明るい。魚にとっても獲物が見つけやすいコンディション。こちらとすれば、水面を割ってガバッと食いついてくる瞬間は本当にエキサイティング。私の代名詞(?)でもあるフルフッキングが、気持ちよく決められる。
水面を静かに揺らしながら引いていると、鉄柱の陰からバスがヌッと出てきたのが見えた。追尾して、後ろから食ってきた。
長い時間を費やして待っていたその手応え。それをずっと噛み締めていたいけれど、ファイトの時間はほんの一瞬。潜って逃げようとする獲物をいなして取り上げると、なかなか風格のある魚体だった。
サイズはだいたい40cmちょっと。芦ノ湖ではブラックバスの放流も行われているけれど、体つきや雰囲気を見るに、この子は芦ノ湖で自然繁殖して育ったネイティブ。引き締まった体と色味が印象的だ。
警戒心も強いと言われるだけに、釣り上げた満足感はしっかり残る。
午後の釣りに繋ぐ小休止
芦ノ湖は、湖畔ごとに景色が変わるのも好きなところ。西側に行けば、自然が残った木立や湾があって、水上ピクニックみたいな気分になる。一方で道路が通る東側は、湖側からホテルを眺められるからちょっと観光気分。
釣り欲旺盛な私は、朝から晩までボートの上で過ごすのがいつものルーティンで、基本ずっと投げ続けている。だけど芦ノ湖なら、景色を眺めながら“無”になる時間も楽しめる。
それに、釣果が出て気分のいい日の昼ごはんは、やっぱり美味しい。暖かい時期の船上メシの定番は、冷たい麺類。太陽から逃げ場のないボートの上では、冷たい飲み物と食べ物が大正義だ。
いつもはハードクーラー派の私だけど、この日はランチがそのまま入るソフトタイプのミニクーラーが大活躍してくれた。汚れたら洗いやすいのも、釣りでは地味に助かる。
2Lペットボトルが8本入るサイズは、ソフトクーラーなのに最大で氷保持4日間。私はそこまで長時間フィールドにいるわけじゃないけれど、夏の船上で保冷が続くということは、そのまま午後の集中力につながる。使い勝手のいいクーラーは、釣りの必需品だとあらためて感じた。
好きなことを
仕事にする幸せ
そういえば、芦ノ湖にブラックバスが移入されてから、2025年でちょうど100年になるらしい。紆余曲折はあれど、アメリカ発祥の釣りが日本でも長く愛され続けていると思うと、やっぱり感慨深い。
道具は進化して、情報は溢れて、理論も洗練されていくのに、バスは相変わらず人の思惑を一段上から眺めているかのよう。
「これで完璧だ」と思った瞬間ほど、何も起きない―― そのズレが、ずっと変わらない。だからこそ、何十年も前の釣り人と同じ「なんで釣れないんだ?」って言葉を、 最新タックルを手にした今の自分が口にしている。
進歩しているのに、悩みは同じ。解決しないからこそ、ゲームとして終わらない。 そう思うと、その不条理さが少し可笑しくて、 またキャストしたくなる。 釣りって、ほんとよくできた“終わらない問い”なんだ。
釣りという娯楽はめちゃくちゃ長い間愛されている、色褪せない人気コンテンツ。私が釣り業界に飛び込んでからまだ5年だけど、この楽しさをもっと多くの人に知ってほしいという気持ちが、私の活動の原動力になっている。
イベントに出演したり、主催したり。YouTubeを見てくれている釣り人に声をかけてもらえると、素直にうれしい。私が何か行動を起こすことで、そして私自身が釣りをもっと楽しむことで——男女関係なく、ひとりでも多くの人に釣りの魅力が届いたらいいなと思う。
「プロアングラー」って自称するのは、今でもちょっとこそばゆい。だけど、釣りの魅力を語る説得力を感じてもらうためにも、自分の実力も知名度も上げていくことは大事だと、ひしひし感じている。
自分から動かないと、何も始まらない。これは、私が釣りに生きると決めたときに学んだことでもある。
釣り人のモチベーションになるウェアを作りたくて始めた「.ICK」。YouTubeチャンネルの「一木花漣のフルフッキングTV」。仕事といえば仕事だけど、私のなかでは“好きなことを共有する場所”に近い。
その先に何が待っているかなんて、その日魚が釣れるかと同じくらいわからない。だったら今日も、「今日は釣れるぞ!」って息巻きながら、次の一投を考えて、キャスト&リトリーブを繰り返すだけだ。
いつかもっと実力がついたら、釣り好きの溜まり場になれるセレクトショップを作りたい。釣具や、自分の服や、好きな洋服。ふらっと立ち寄れて、気軽に話せるような空間。そんな秘めた野望も、あったりする。
Instagram: @ichikikaren24
YouTube: 一木花漣のフルフッキングTV



