自然の造形をインスピレーションに

STORY

自然の造形を
インスピレーションに

自然の造形をインスピレーションに

私の朝は、自宅の目の前にある公園での太極拳から。朝日の中で身体を動かすひとときは、一日の活力を蓄える心地よい時間です。けれど、リラックスしていられるのは束の間。続いては、賑やかに出かける孫たちや息子夫婦を見送る時間。ようやく静かになったころ、お気に入りのコーヒーを丁寧にドリップして、私の時間がはじまります。

 

作品づくりは庭づくりから?

作品づくりは庭づくりから?

私が子供だったころと比べると、多摩もずいぶん都会になったなと感じますが、私の家の周りは幸いにも長閑で、家の目の前が緑豊かな公園。庭先には自家消費で十分楽しめるくらいの畑が広がっています。

染色作家を志した学生時代から、ずっと植物や動物をモチーフにすることが多かったのですが、より深く興味を抱くようになったのは、庭仕事をするようになってから。土に触れて、芽の出方や葉の形の違いを眺めていると、自然の造形って、どうしてこんなに面白いんだろうと思う。染色作家・塩野圭子としての核になる部分は、こうした自然とのふれあいから育まれてきたんだと思う。

  • 題材は身近にあるお花や植物でした

  • 題材は身近にあるお花や植物でした

美大で染色を4年間学び、卒業後もそのまま恩師の助手として、型染めの基礎を叩き込まれた日々。先生や生徒たちと過ごす時間のなかで、知識も技術も吸収していました。そんなときに結婚・出産と、次のライフステージがやってきた。今振り返ると、ここが結果的に私の転換期だったのかもしれません。もちろん、学びも染色も続けたかった。でもそのときは、「今大学に行かなくても、子育ても絶対楽しいだろうな」って思ったんですよね。

とはいえ、「絶対辞めないぞ」という創作への思いは携えたまんま。場所や時間もなくて諦めかけた瞬間もあったけれど、それでもちょっとずつデザインを考えたり、時間を見つけてはスケッチやデザインを続けていて。その題材は身近にあるお花や植物でした。

創作を支えるもの

お義父さんに教えてもらった畑作りは、美味しい野菜を育てるためのものでしたが、次第に私の創作を支えるものにもなっていきました。多品種を少しづつ植えていくのは単純に楽しく、成長を見守る充実感もある。それに、タデアイやカモミール、びわなど、草木染めの原料となる植物を自分で栽培するようになって、さらに暮らしも創作も充実していきました。

 

季節を感じながら過ごす生活

  • 季節を感じながら過ごす生活

  • 季節を感じながら過ごす生活

息子一家が不在の平日のお昼は、旬を味わえる野菜づくしがいつものパターン。お肉より野菜が好きな私にとって、自宅で採れた野菜を食べるのは幸せな時間です。ワシワシと野菜を噛んでいると、「私は草食動物なんだな」なんて思ったりもして(笑)。
を植えて、発芽して、小さな子葉が出て、次第に本葉へと育っていく。成長するスピードは違えど、ちょっと子育てに似たような喜びを感じられるのも、庭いじりの面白さだと思っています。

私の作品作り

寒くなるにつれて畑は少し寂しくなりますが、冬は冬で、また別にやることがあります。麦わら細工をしているうちに、ゴールドに輝くライ麦に魅せられて始めたライ麦の栽培は、秋に種まき、冬に麦ふみ、春に収穫。季節ごとに頭を切り替えて手を動かします。

私の作品作りでいえば、寒い時期に水を使う染色をするのは大変ということもあって、毎年行っている個展は春にしています。気持ちよく染色できる季節に向けて準備を進める。そのほうが何事にも無理がない。自然のサイクルに合わせたほうがいい、というのは暮らしのなかで学んだことのひとつです。

  • 十二支をテーマ

  • 十二支をテーマ

季節のうつろいは、私の作品作りの原動力にもなっています。過去には十二支をテーマにした型絵染めを毎年発表し、干支を2周、24年間続けたことも。
型染めが私の専門分野ですが、この10年ほどは編み組細工やわら細工で手を動かすことも増えて、クリスマス飾りや正月飾りを作る機会も増えました。季節に応じた素材と題材で制作するのは、やっぱり楽しいものです。

 

いきものの造形に魅了されて

いきものの造形に魅了されて

自然への興味は尽きることがなく、本屋さんに行って気になる書籍や図鑑があるとつい買ってしまい、本棚には資料がたくさん。大学の頃からいきものに関心があったのですが、子育てをしているうちにゴミや水質汚染など、環境の問題にも目がいくようになっていきました。そして勉強をするうちに、地球の生態系の底を支えているプランクトンの存在も、自分のなかでひとつのテーマとして立ち上がってきたんです。

自分のなかでひとつのテーマとして立ち上がってきた

「いきものをやるなら、ここまで遡らなければ」。そんな思いから始めたケイソウシリーズは、十万種類以上いるとも言われるミクロのいきものたちが手をつなぎ合っているような、目に見えない世界を表現したものです。美しい造形を持つ微生物をモチーフに、無限の広がりを表現できる型染めの特徴を生かしながら、扇形の型紙をつなげていく。万華鏡を覗き込んだように放射状に広がる作品は、近年のお気に入り。

自分のなかでひとつのテーマとして立ち上がってきた 自分のなかでひとつのテーマとして立ち上がってきた

私の型染めのプロセスを簡単に説明すると、まずはスケッチブックにデザインを書き込み、その図案をもとに渋紙を彫刻刀で彫って型紙を作ります。次に、彫り抜いた型紙がバラバラにならないよう、補強のために紗(しゃ)という絹の網を貼り付ける。

そして、布の上に型紙を置いて、餅粉と糖から作られる糊を塗って防染。それから大豆の汁で溶いた天然染料や顔料を使って着色します。染まらない部分を想像しながら色を差していく防染という染色法は、糊を落とすまで最終的な仕上がりが分からないのですが、そこに私は難しさと醍醐味を感じています。

作品に使っている布は麻

私がほとんどの作品に使っている布は麻。生成りで漂白していない手織りの麻です。だから色的にも、やっぱり天然染料が合う。大学にいたときは化学染料も使ってはいたのですが、化学染料は使っていて気持ちが良くないと感じるので、植物染料と顔料しか使っていません。

かれこれ50年近く染色で作品を作っていますが、経験がいくらあっても草木染めでは工業製品のような均一な発色は望めません。たとえ同じ植物を染料にしても、今年収穫したものと前年のものとでは色の出方が違ってしまうほど。だから私は「この色が欲しい」と思って欲しい色に近づけるのではなく、「今日、このときの自然の色をいただく」という感覚。こうした作品作りをしているのが、豊かだなって思うんですよね。

 

地域や人とのつながりが
創作の肥やしに

  • 地域や人とのつながりが創作の肥やしに

  • 地域や人とのつながりが創作の肥やしに

染色するのも、植物の持つ色素とその日の天候などに委ねるしかありません。振り返ると、「自分の意思をしっかり持ってさえいれば、流れに身を任せてみることで新しい世界に通じる」を、そんなことを自分の人生を通して体感してきた気がします。身を置く環境やライフステージが変わっても、そこで楽しみを見出すことはできるのでしょう。
私にとって絵本は、作品として刺激をもらうことも多いから集めてきました。3人の子供たちにもよく読み聞かせをしていて、一部は処分したものの、お気に入りを残していたらまだ1000冊以上。この本たちは今、孫たちや地域の子供たちへの読み聞かせに活用されています。

手を動かしながら交流する場

年を重ねるほど強く思うのは、人とのつながりは元気の源だということ。自治会に頼まれて教えているしめ縄作りも、いつの間にか恒例になって、毎年自分ひとりでは手に負えないほどの人が集まってしまうんですけど、なんだかんだで楽しくて。手を動かしながら交流する場にもなっています。
個展を開いていると、型染めのワークショップを希望されることもあります。でも型染めは1回2回で完成するものじゃないし、道具もいる。だから、その日一日で持ち帰れて「できた!」って思えるものを中心にやったりしています。アケビのツルを使った乱れ編みのカゴ作りなんかは、小学生でもできますしね。

日本の伝統の側面もある 日本の伝統の側面もある

クラフトは作品としてだけでなく、生活用品を自分で作るという、日本の伝統の側面もあると思います。近代化で便利になったことも多いけれど、その分、手仕事ならではの素朴な温もりに惹かれる方も多いのではないでしょうか。
私もそうした手仕事を通じて自然の恵みの恩恵を受けているひとり。これからも季節の移り変わりをまるごと感じながら、どんな作品が作れるのか楽しみに、年を重ねていきたいと思っています。

塩野圭子 プロフィール(いそがや アートCV)

for_top_arrow for_top_text