STORY
庭に灯す焚き火、
東京の田舎暮らし
都会の便利さは手放したくない。でも、ふとした瞬間に田舎の余白にも触れていたい。東京育ちの妻と、熊本で育った僕。その両方のわがままを受け止めてくれる場所として、4年前に八王子の丘陵地に家を構えた。
窓の向こうには庭越しに川と畑が見えて、東京とは思えない穏やかな景色が広がる。木の温もりに包まれる家で薪ストーブを焚き、庭では火を熾す。冬になると、そんな時間がいちばんのご褒美になる。年に一度あるかないかの雪が舞った日も例外じゃなく、僕は家族を誘って、雪のなかで焚き火の準備をしはじめた。
大人も子どもも楽しめる家
都心で働く僕が「家は八王子なんですよ」というと、「遠くて通勤が大変じゃない?」と聞かれることがある。たしかに八王子は東京の端っこ。でも僕らにとっては、都会と田舎を行き来できる、ちょうど真ん中の場所だと思って気に入っている。
平日は夫婦とも都心へ通うけれど、送り迎えを分担してお互いの負担を軽減している。朝は僕が子どもたちにご飯を食べさせて、着替えを手伝って、保育園まで連れていく。一方で、朝早く出勤していく妻は、夕方のお迎えを担当。息子の維知(イチ)と娘の紬羽(ツウ)を同じ園に預けられているのは、こういう生活のなかでメリットが大きい。
妻は土日のどちらかと火曜日が休みなので、週末は一日が僕のワンオペ、もう一日が家族デー。逆に妻が休みの火曜日に、イチの習いごとをまとめている。そこで送迎してもらったりもして、夫婦で無理のない形を探しながら育児に向き合っている。
こういうと忙しくて自分の時間がないように思われがちだけど、片道約1時間の通勤電車が、案外しっかり自分の癒しになっている。朝は高確率で座れるし、帰りがしんどい日はグリーン車に逃げ込むこともある。その間に映画を観たり、音楽を聴いたり、本を読んだり、遊び道具をネットで物色したり。
慌ただしさの裏側で、夫婦それぞれにフリータイムが確保できている感覚もある。天気がいい日は自転車で駅まで行くのも気分転換にもなるし、あまり生活に不満はないほうだと思う。
そんな僕たちの生活の受け皿になっているのが、愛すべき我が家だ。朝、薪ストーブに火を入れて、部屋がふわっと温まっていくのを待つ。……まあ実際は温まるのに時間がかかるから、ガスヒーターも併用するけど。
外は冷えていても、家の中は木の香りとぬくもりがある。そのコントラストが好きで、便利さを求めた都心のマンションではなく、のんびりとした暮らしができるこの家にしてよかったなと、つくづく思う。
遊び心を
普段の暮らしに混ぜ込んで
休日は子どもを連れていろんな公園へ出かけることが多いけど、今日は家でまったりする日。年に一回あるかないかの雪が降った日なので、おとなしくストーブで温まりながら、のんびり過ごすことにした。
家で過ごす時間が楽しくなるようにと選んだこの暮らし。普段は、家にいると決まって僕が外で庭や畑をいじったり、DIYをしたりすることが多い。でも雪に包まれてしまってはお手上げで、今日は僕もぬくぬくしていた。
僕の趣味はアウトドアと音楽。ベースを演奏するのが好きで、たまにギターにも触ってみたりする。正直、ギターのほうはあんまり得意じゃないけど、お義父さんからアンプ内蔵の“ゾウさんギター”を譲り受けたのをきっかけに、遊びがてら弦を弾くようになった。
この日はイチが珍しくギターに興味を示したので、プチレッスンをすることに。最初はピックで弦を撫でて「ジャララーン」と音が出るだけで楽しそうにしていた。そこで押さえる位置によって音色が変わることを伝えてみる。音楽に興味を持ってくれたのが嬉しかったものの、さすがにコードは難しかったのか、「もういいや」といって逃げていった。
誰に似たのか、熱しやすく冷めやすいタイプのイチが向かったのは、お絵描きに没頭していた妹のツウのところ。ディズニー映画に魅了されて以来、プリンセスに憧れているツウは、この日もお気に入りのドレスでおめかし。僕たち大人にはわからない幻想的な世界を描いていたけれど、兄が大きな恐竜を描き始めてしまう。
たまにイチがちょっかいを出してツウが不機嫌になることもある。でも、ふたりで仲良く遊んでいる光景が見られるのは、親としてやっぱりうれしい。スマホに吸い寄せられがちな時代に、自分から遊びを始める姿は頼もしい限りだ。
そんな姿を眺めながらコーヒーを飲んでいると、外を不思議そうにツウが眺め、こっちに目配せをしてきた。そして午前中には「寒いから外に出たくない」といっていたイチも、心変わりしたのか「ねぇ、外で遊んでいい?」といってくる。
どうせこうなるだろうと思っていたので、子どもたちに防寒をさせて外に出す。お昼まで降っていた雪は、もう止んだようだ。
雪にときめく石塚家
東京で雪が降ると、街は少しだけ非日常になる。僕たち大人は「明日の電車大丈夫かな」とか「路面凍結してクルマの事故がないといいな」とか、現実的なことを考える。でも子どもたちは違う。空から遊び道具が降ってきたとでも思っているのだろう。
一歩外に出ると、一気にイチのテンションは最高潮に。不器用に雪玉を作っては、謎の技の名前を叫びながら投げつけてくる。小さな雪だるまを作ってあげても、イチにとっては「雪玉がふたつある」くらいの感覚らしく、すぐに放り投げられてしまった。
つなぎを着せられて出てきたツウは、寒かったのか、得体のしれない白いものに囲まれて怖かったのか、雪の上に立たせたら顔をひしゃげて泣きそうになった。それを見かねた妻がすぐに駆け寄って、よしよしとあやす。
ツウが生まれてから3度目の冬。その間に雪が降った日があったのか記憶は定かじゃないけど、こうして外に出して雪遊びをさせるのは、もしかしたら初めてだったのかもしれない。ふわふわの雪をおっかなびっくり触ると、その冷たさに手をバタバタさせていた。
雪で大はしゃぎする家族を笑いながら、僕も内心は雪が降ってワクワクしていた。年に一回くらいしか出番のないスノーブーツが活躍するし、普段見慣れている庭の景色が一変すると、雪国の田舎のような風情が漂う。僕が作った薪棚にも雪が積もって、その佇まいに惚れ直したりもした。
うん。どうせなら雪を見ながら焚き火をしよう。僕がそう提案すると、妻は「えー」といいながらも、たまにはいいかと同意してくれた。家の隣は川と畑で、東京都内なのに気兼ねなく庭で焚き火ができるという好立地。岩を集めて自作したファイヤープレイスを雪から掘り起こし、早速準備に取りかかる。
雪中焚き火のお裾分け
外遊びのフィールドが家の外に広がっていて、思い立ったらすぐ焚き火ができるのは我が家のちょっとした自慢。趣味部屋から道具を引っ張り出し、あっという間に準備が整った。焚き火ついでにスキレットでパンを焼く準備も万端。冷蔵庫にあった食材でアヒージョも作って、パンにつけて食べたら最高だろう。
火の粉が飛ばない距離を保ちつつ、焚き火に手をかざしてパンが焼けるのを待つ。焼けてきた香りが立ち上がってきたころ、妻が「どうせならみんなに声かけようよ」といい出した。急遽、仲のいいご近所さんのグループラインに送ってみる。
日曜日の夕方。手持ち無沙汰だったのか、フットワークの軽いお休み中の隣人が焚き火に集まってきた。彼らはうちと同じ住宅メーカーが作った木の家に住んでいる、気心の知れた仲間。こうして一緒に食卓を囲んだり、お互いに子守りを頼んだり、キャンプに出かけたりするのはよくあることなのだ。
椅子を持ち寄って火を囲み、子どもたちの雪遊びを眺めながら、たわいない話をする。大人たちをもてなすのは、地元熊本の友人が作った焼酎のお湯割りや、雪で冷やしたクラフトジン。雪と焚き火と仲間の顔を眺めながらグラスを傾けるのは、素朴だけど贅沢なものだとつくづく思う。
焚き火って、ただ暖をとるだけじゃなくて、人の距離を少しだけ近づける。都会の便利さを享受しつつ、暮らしのなかにちゃんと手触りを残したい。僕らがここに住み続ける理由は、そういうところにあるのかもしれない。
都心へ通いながら、家に帰れば薪ストーブと庭の焚き火が待っている。都会と田舎、そのいいとこ取りみたいな暮らしが、ここではちゃんと成立する。雪のなかで焼いたパンの味と、火を囲んだ笑い声。今日のことを、子どもたちが大人になっても、ふと思い出してくれたら。それだけで十分だと思っている。
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