STORY
山形の春を楽しむ
新緑手前の外遊び
「クレモン、4月の最初の週末は暇してる?」
日本で暮らして7年目。この春から大学院修士2年になった僕は、日本語学科で言語学の視点から日本文化を研究している。毎日は楽しいけれど、学生でいられる時間もそう長くはない。春休みのあいだに就活を進めなければならず、連日PCに向かうのにも少しうんざりしていた。そんなとき、友人夫婦が声をかけてくれた。
まずは東北の
ザラメ雪を目指して
その夫婦は、僕が東京に来たばかりの2年間を同じシェアハウスで過ごした、家族のような存在だ。ときどき僕をアウトドアに連れ出してくれる“オッサン”の地元は山形県米沢市。今回は帰省のついでに、春の山形でしかできない遊びをするらしい。
東京から高速で4時間ちょっと。長い道のりのはずなのに、助手席で眠っていたらあっという間だった。週末をめいっぱい楽しむため、早朝に自宅を出発し、スキー場に着いたのは10時ごろ。今年は雪が少なく、僕自身も2月半ばを最後にスキーを履いていなかったけれど、天元台スキー場はまだ滑れるという。
ロープウェーの麓。きっと雪を求めてここにやってきたのだろう、県外ナンバーも多い。だけど駐車場には全然雪がなくて、グラススキーに連れてこられたのか? なんて疑ってしまうほど。
年甲斐もなく派手な格好に身を包んだオッサンは「まあ、見てなって」と僕をロープウェーに押し込んだ。
スキーから伝わる春の質感
ロープウェーの終着点、天元台高原駅は標高約1300m。山形の雪は湿気を含むことが多いらしいが、ここは標高が高く、東北では珍しいパウダースノーの名所なのだそうだ。もちろん4月にパウダーはない。それでも第一リフトから標高1820mの頂上まで問題なく滑れるだけのザラメ雪が残っていた。
山々に縁取られた盆地を見下ろすゲレンデからは、米沢の城下町も一望でき、その向こうにはまだ真っ白な山々が見えた。山形には4月からオープンスキー場もあると聞いていたけど、それも信じられない話ではない。
僕が育ったのは、フランス南部・ニース郊外の山あいの町。1時間で地中海のビーチへ行けて、反対に1時間走ればフランスアルプスのスキー場にも行ける。そんな場所で育ったから、スキーもそれなりにやってきた。
でも4月といえば、フランスではもう海の季節が始まるころだ。それなのに、こうして雪の上に立っているのは、やっぱり不思議な感覚だった
ショートスキーと軽快に
身軽だし一人暮らしの部屋でも嵩張らないからと愛用しているショートスキー。オッサンは「長いスキーの方がかっこいいじゃん」っていつも言ってるけど、Z世代たる僕は、そのスキー原理主義的な考えから距離をおいて、気ままにクルージングするほうが性に合っている。
コブをガシガシ攻めたいわけでもないし、フルカービングのターンを極めたいわけでもない。地形でトリックを決めたいわけでもない。僕にとってスキーは、競技というよりレジャーだ。たまにはワインでも飲みながら、のんびり楽しむのが理想だ。
さすがに標高の低い麓のエリアは雪が湿っていて、板が走らないところもあった。ショートスキーには少し厳しいコンディションだったのは認めよう。でも上のほうではちゃんと滑ってくれたし、それで十分だった。晴天のなか、人の少ないゲレンデを流すのは、オンシーズンのスキーとはまた違う魅力がある。
滑っているうちに身体がぽかぽかしてきて、Tシャツでもいけそうなくらいだった。とはいえ、春でも滑りに来る人たちは玄人が多く、さすがにTシャツ一枚になっているパリピな人は存在せず。それでもみんなそれぞれに、雪と春が同居するこの季節ならではの感覚を味わっていたのだと思う。
老若男女が帰りのゴンドラへと向かっている姿を見て、意外とこんなにも人がゲレンデにいたんだと気がついた。僕はこれでやっと今シーズンの滑り納めになったけど、中には6月ぐらいまで滑り続ける人もいるんだろうなぁ。
次の日は水辺へ
スキーで軽い筋肉痛を感じる脚を引きずりながら、翌日に向かったのは飯豊町の白川湖。泊めてもらったオッサンの実家からは車で1時間弱。道端にまだ雪の残る山道を走っていく。
オッサンの父もアウトドア好きで、「この時期にしか見られねぇ景色があっから、カヤックさいぐべ」と僕たちを連れ出してくれた。
道中の道端には、湿地みたいな場所もあって、水芭蕉も花を咲かせていた。東京では桜の盛りだったこの時期、山形はまだまだ芽吹きが遅いなと思っていたけど、ふきのとうが顔を出していたり、日本らしい穏やかな春がそこまでやってきているのを感じる。
とはいえ、まだ風も冷たくて当然水も冷たいこの時期に、わざわざカヤックをしにいくなんて……。
実家の愛犬ハチも、そんなオッサン一家に翻弄された本日の被害者。柴犬らしい慎重派なのがカワイイ彼女も、ライフジャケットを着せられて散歩に連れ出された。
僕のフランスの実家で飼っている犬たちは水を見ると飛び込んでいくタイプだけど、どうやらハチは素質はないらしい。まあ、雪解け水が集まるこの季節の湖に率先して入りたい動物なんて、魚か両生類、水鳥ぐらいなものか。
普段は一人と一匹でカヤックを楽しんでいるというオッサンの父は、息子夫婦と僕が一緒で少し嬉しそうだった。身体は一つしかないのに、ライフジャケットやウェットスーツを何着も持っているのは、彼の歴史。オッサンも子どもの頃からこうして家族とカヤックをしにきたのだろうか。
足元は濡れると冷たいからと、マリンシューズではなく田植え用の長靴。そこもなんだか山形らしくてよかった。
白川湖の水没林を漂う
パドリングについて軽く習って、いざ出航。オッサン夫婦はインフレータブル、僕とオッサンの父、そしてハチはフィッシングカヤックでタンデムをする。
あまりバシャバシャ音を立てないように、ブレードを静かに水へ入れて、しっかりつかむ。左、右、左、右。テンポよく漕いでいくと、艇は水面を滑るように進んでいった。揺れる船上で腕を動かすのは、脚も体幹も使うぶん、思っていたよりずっと大変だ。
少しずつバックや方向転換にも慣れ、好きなほうへ進めるようになると、ようやく景色を眺める余裕も出てきた。聞こえるのは、僕たちが水を切る音と、かすかな風の気配だけ。岸には残雪があり、静かな湖面からは不思議なことに木が生えている。
今回連れてきてもらった白川湖は、水没林で知られる山形の春の風物詩。豪雪地帯の雪解け水が流れ込むこのダム湖は、冬から春にかけてたっぷりと水を蓄えるため、水位が上がって木々が水に浸かるのだという。
田植えが始まる5月半ばごろからは水位が下がるため、この景色が見られるのは春の2カ月ほどだけ。ちょっと寒くても今日カヤックをしにきたのには、そういう理由があったわけだ。
静かな湖。
春のまんなかへ
シロヤナギの木々のあいだを、ジャングルクルーズのような気分で縫うように進んでいく。雪解け水をたっぷり含むこの時期の湖は、エメラルドグリーンになることもあるらしい。今日は曇り空のせいか、少し深みのある色に見えた。新緑に彩られるにはまだ少し早かったようだけれど、この荒涼とした風景も悪くない。
ゴールデンウィークにはかなり賑わうらしいから、この静けさを味わうなら、むしろ今くらいがちょうどいいのかもしれない。
山の影になっていて開花の遅い、湾のような地形の水没林を抜けると、今度は見通しのいい沖へ出た。うっすらと見える、まだ白い朝日連峰を背負いながら湖面を進んでいく。
さっきまで遠くにあった鉄橋が、いつの間にかすぐ近くまで来ていた。カヤックはただのんびり漂うだけの乗り物だと思っていたけれど、しっかり漕げば案外スピードも出る。そのことも、この日の発見だった。
日当たりのよさそうな場所に、シロヤナギの花が咲いているのを見つけて舟を寄せてみる。名前からすると何かが白いのだろうと思ったけれど、花は黄色く、幹も特に白くは見えない。
「シロヤナギは、葉っぱの裏が白っぽくなるから、シロって言うんでねぇながい?」
オッサンの父の山形ネイティブなズーズー弁は、まだ少し聞き取りが難しい。けれど文脈から拾っていけば、案外なんとかなる。そんなことも、この週末の発見だ。
街路樹の桜に彩られた華やかな東京の春とはまた違う、ワイルドな山形の春。冬から夏へと移り変わるグラデーションの中には、たくさんの色と、いくつもの楽しみ方が重なっている。
明日からはまた就活の日々に戻るけれど、僕が惚れ込んだ日本をもっと知るために、またオッサンにはどこかへ連れて行ってもらおうと思う。
Instagram: @kuremon___



