カヤックで楽しむ桧原湖

STORY

カヤックで楽しむ桧原湖

カヤックで楽しむ桧原湖

街での慌ただしい毎日から離れ、還暦前後の男友達3人がカヤックで湖に浮かび、ひたすら魚を追いかける。桧原湖で過ごす2泊3日のフィッシングトリップは、もう20年近く続く僕たちの恒例行事だ。その間にはそれぞれの暮らしも少しずつ変わってきた。けれど、カヤックから眺める裏磐梯の景色は、最初に来たときから少しも変わらず美しい。

 

僕たちがカヤックを選んだ
理由

釣り竿を持って湖へ向かう3人の男たち

年上ながら好奇心旺盛な菅野さんと、定年後を見越してキャンピングトレーラーを買った佐藤さん。釣り仲間の2人は、もともと職場が一緒だった元同僚だ。僕たちが出会ったときは、まだみんな30代。勤務地が変わることも多い仕事だったから、一緒に働いた期間は5年くらいだったと思う。だから今となっては、同僚としてよりも、遊び仲間として過ごしてきた時間の方がずっと長い。
その遊びの中心にあったのが、バス釣りだった。ちょうどバス釣りブームだった90年代、僕たちはシフトの休みを合わせては、河口湖や霞ヶ浦など、関東近県を中心に釣りに通っていた。はじめはおかっぱりから始まり、フローターに挑戦し、手漕ぎボートで沖へ出て、やがてエンジン付きのボートにも乗るようになった。

  • カヤックのそばで湖畔に立つ
  • 手にしたワームのルアー




ただ、バスボートで釣りを重ねるにつれて、バスボートならではの制約も見えてきた。毎回貸しボートを予約する必要があり、営業時間にも左右される。それに、ぶつけたら修理費がかかると事前に忠告されると、どうしても障害物との距離に慎重になってしまい、思い切って攻めきる気にはなれない。そんな悩みを解消すべく僕たちが行き着いたのが、カヤックという選択肢だった。

岸からカヤックを漕ぎ出す準備をする

カヤックは一度買ってしまえば好きなときに出船できるし、浅瀬や水草の際にも近づけて、岩の点在する場所にも入りやすい。それにエンジンがないぶん、湖の静けさを邪魔しないところもいい。
パドルを左右交互に水へ入れ、ひと漕ぎずつ進んでいく。もちろんエンジン付きのボートのように速くはないけれど、自分の力で少しずつ行きたい場所へ近づいていける。移動手段でありながらそれ自体が遊びにもなっている。その感覚こそ、カヤックフィッシングの魅力なのだと思う。

 

景色ごと釣りを楽しむ

カヤックの上でパドルを操る

僕たちがカヤックを始めたのは、桧原湖に来るようになった頃とだいたい同じ時期だった。当時はスモールマウスバスが釣れる場所が、今ほど多く知られていなかった。そんななかで桧原湖はその頃からスモールマウスバスのフィールドとして有名で、どんな魚なのか見てみたいと思ったのが、最初に足を運んだきっかけだった。
初めてここに来たときは菅野さん夫婦と僕とで、おかっぱりから釣りをした。確か、奥さんが一匹か二匹釣っただけだったと思う。小さいスモールマウスは金色っぽく見えることがあって、大きくなると縞模様や虎柄が出てくる。そんなことも後から知ったのだけど、最初に釣れた魚を見たときは、「これは本当にスモールマウスなのか?」と、みんなで首をかしげた記憶がある。

穏やかな水面でロッドを構える

それでも桧原湖は水がとてもきれいで景色もよく、釣果に関係なくまた来たいと思える場所だった。とはいえ、朝から晩まで釣りをして日帰りで帰るのはさすがに大変。もっとゆっくりこの場所で釣りをしたいと思い、次からは泊まりで来るようになった。ちょうど湖畔にトレーラーハウスに宿泊できる施設があり、そこに泊まってみたら思いのほか快適で、いつの間にか常宿のように。今はキャンプ場になっているけど、こうして敷地内からカヤックが漕ぎ出せるので変わらず重宝している。
何より、ここでカヤックを出すようになってから、桧原湖での釣りは僕にとって特別なものになった。魚を追いかける面白さはもちろんあるけれど、それ以上に、このロケーションのなかで釣りができることが大きい。少し沖に出ると、南側には磐梯山が大きく開けて、東側には吾妻山。湖には小島がぽつぽつと浮かび、岸沿いには豊かな緑が迫っている。エメラルドグリーンの水面を撫でるように漕いでいるだけで、釣れても釣れなくても、まあいいかと思える景色があるのだ。

 

それぞれのスタイルで
魚を待つ

木々の間から見る入江に浮かぶ3艘のカヤック

キャンプ場に隣接する湖畔はちょうど湾のようになっていて、陸地は濃い緑の森。桧原湖全体に強い風が吹いていても、この湾は木々のおかげで風の影響を受けにくくなっている。今日はバスボートの人たちも風裏に逃げ込んでくるくらいだから、カヤックの僕たちがここで釣るのは正解だろう。
曇天で寒かったらしい昨日と打って変わって、今日は日が出ているので、浅場の水温が少し上がれば、魚も差してくるかもしれない。そんなことを考えながら、少しずつ岸沿いを探っていく。

木陰になった岸際でルアーを狙う

黄色いカヤックを操る佐藤さんは、木陰になった岸際を器用に狙いながら、浅瀬のバスを誘い出す作戦だった。カヤックからだとキャスト位置が低いぶん、水面ぎりぎりの目線でルアーを投げられる。上手い人なら、オーバーハングの隙間にルアーを滑り込ませるようにアプローチできるのだ。
それに、水面が目線のすぐ先にあるからトップウォーターの操作が特に楽しい。ルアーが生き生きと動く様子を目線に近い位置で眺められるのは、釣れるかどうかは別として単純に気持ちがいい。

椅子をセットしたSUPで釣りをする

僕たちのなかで最初にカヤックに手を出したのは、新しもの好きな菅野さん。その前にフローターを真っ先に買ったのも彼だったけれど、足に鯉か何かが当たるのが怖くて、早々に見切りをつけたというのは、今では笑い話になっている。そんな菅野さんは、今日はSUPに椅子をセットして釣るスタイル。曰く、カヤックより視界が広く、のんびり構えて釣りができるんだとか。
「佐藤さんが表層を狙うなら、僕は少し下のレンジを探る」と、ミノーを岸際や岩まわりに通しながら、魚の反応を待つ。役割分担なのか、天邪鬼なのか。3人で同じ湾内に浮かんでいても、狙い方や道具の選び方がそれぞれ違って面白い。

 

船ごと魚に引かれる感覚

桧原湖を進む遊覧船

遊覧船が作り出す波にカヤックが揺られるたび、少しうらめしく思う。風や波の影響をもろに受けるカヤックは、自然に対してかなり無力だ。行きたい場所があっても、波や風が強ければ無理はできない。それでも、思い通りにならないからこそ自然を感じられる……ということにしておこう。
カヤックフィッシングは自由だけれど、楽なことばかりではない。釣りをしているときも手を使い、移動するときもパドリングで手を使う。キャストも座った姿勢のままだ。慣れていても、気付けば腕はそれなりに疲れてくる。

木立を背に静かに浮かぶカヤック

ただ、カヤックならではの面白さもある。魚がかかると、魚に引っ張られて船が回るのだ。バスボートなら魚をこちらへ寄せる感覚が強いけれど、このカヤックでは自分の船ごと魚に引かれていく。片手でロッドを持ち、もう片方の手でパドルを扱いながら体勢を整える。その一連の動作は、煩わしくもたまらない。
下に潜られそうになれば、竿先を回してラインの角度を変える。船が回り、体も回り、魚との距離が少しずつ詰まっていく。そのやり取りこそがカヤックで釣る面白さでもある。

魚がかかりカヤックが引かれる

結局、見えるほどの浅瀬にはバスがいないと判断した僕は、ワームで湖底の岩陰をチョンチョンと誘う。すると突然、手元に小さく振動が走った。
反射的にロッドを立てると魚の重みが乗り、水面の下でぐっと横に走る感触が伝わってくる。スモールマウスは、ラージマウスとは、引き方もやっぱり違う。筋肉質でトルクが強いというか、瞬発力がある。久しぶりの感触をじっくり噛み締めながらも、急な突っ込みやジャンプに対応しなければならないから、かけた側も気を抜けない。
カヤックがゆらりと魚のほうへ引っ張られ、船首がゆっくり向きを変える。こちらも無理に引き寄せるのではなく、魚の動きに合わせながら距離を詰めていく作業……。

ネットの中で跳ねるスモールマウスバス 釣り上げたスモールマウスバスを手にする

水面にぬるりと輝く魚体が見えて、ネットを手にする。最後の瞬間に跳ね上がってヒヤッとしたものの、無事にすくい上げることができた。緑がかった水の中から現れたスモールマウスは、大きいわけではない。けれど、カヤックの上で出会う一匹としては十分すぎるほどうれしい魚だった。

 

僕たちは懲りずに湖へ出る

湖面に浮かぶ3艘のカヤック

無事に魚の顔も見られたし、まずはひと安心。とはいえ、僕たちの桧原湖トリップはまだ始まったばかりだ。今日は初日。夜は少し焚き火をしたり、佐藤さんのトレーラーでのんびりしたり。そして明日の朝も、また湖へ出ることになるだろう。
若い頃のように、日の出から日没までノンストップで釣り続けることは少なくなったぶん、昼には陸へ上がってご飯を食べ、眠くなれば少し休み、風が落ちたらまた湖へ出る。そんなペースのほうが、今の僕たちにはちょうどいい。

磐梯山と小島が浮かぶ桧原湖の空撮

30代だった僕たちも、気付けば還暦前後になった。道具は変わり、体力も変わり、遊び方も少しずつ変わった。それでも、こうして同じ湖に集まり、それぞれの小さな船で漕ぎ出していく時間は続いている。
明日も、明後日も、僕たちは懲りずに湖へ出る。もちろん、魚は釣りたい。けれど本当のところ、僕たちが楽しんでいるのは、桧原湖の上で過ごすこの時間なのだと思う。風に流され、魚に振り回され、陸に戻ってゆっくりキャンプを楽しむ。いつの間にか始まったこの恒例行事を、いつまでも続けていきたい。

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